深夜だというのに三車線の道路を二車線潰した工事があり、思った以上に時間が掛かってしまった。
ヨハン・・・どこだ!
どこにいるんだ?
お前の誘い通り、オレたちが8年前に出会った場所にオレは着いた。
まだお互い学生だったオレたちが出会った学び舎。
共に笑い、泣き、すごしたこの場所でお前は最愛の弟までも狂気に染めるというのか。
どこで狂気を演じようとしている。
悪魔が狂気を演じる場所・・・舞台・・・。
オレは体育館へ向かった。

「ユベルっ!」

体育館の壇上に白い何かで、イスに括り付けられたユベルの姿が目に映る。
体育館の窓は全てカーテンが引かれ、壇上のユベルにだけスポットライトが当てられている。

「十代・・・。十代助けて!!ヨハンが・・・ヨハンが!!」

ユベルが壇上から叫んでくる。
良かった!まだ無事だ。
趣味の悪い演出に寒気を感じながらも、オレはユベルのいる壇上へ歩み寄ろうとした。
その時・・・

「遅かったな・・・十代」

壇上の裾からヨハンが姿を現した。
右手には拳銃を握り締めている。

「ヨハン・・・止めろ、止めるんだ!」

オレは歩みを止め、ヨハンに呼び掛けた。
大徳寺先生にしろ、吹雪さんにしろ、ヨハンは狙った相手に対して発砲している。
先生の時にはヨハンと距離を置く事で照準を合わさずに済んだ。
吹雪さんの時にはヨハンを抑え付ける事が出来た・・・。
過去の二件はいずれもヨハンとターゲットの距離よりオレがヨハンの近くにいられた。
今回、オレとヨハンには距離があり過ぎる・・・。
ここに辿り着くのに時間が掛かってしまった為、ヨハンに有利な配置が出来あがっている。
今のヨハンは、狂気そのもの。
慎重に対さなければ・・・。

「どうだ、十代?ゾクゾクするだろう・・・ククッ・・・ククククッ・・・」
「ヨハン・・・お前、今、何をしているのか分かってるのか?」

今夜、何度となくヨハンに問い掛けてきた質問をこの場でも、投げ掛けてみる。
この問い掛けでヨハンが改心するとは思ってない。
説得の糸口を見出さなければ・・・。

「ヨハン・・・ユベルは、お前にとってたった一人の弟じゃないか。仲の良い兄弟で今まですごしていただろ」

ヨハンの心の奥に沈んでしまった本来の心に届くように、静かに、ゆっくりと語り掛ける。

「ククッ・・・その通り。分かってるじゃないか、十代・・・。ようやく『コレ』が最高のプレゼントだって十代にも・・・ククッ・・・クククッ・・・」

『コレ』・・・?
実の弟であるユベルを『コレ』呼ばわり。
狂っている。
今のヨハンは狂っている。
何とか目を覚まさせないと・・・。

「可愛いからこそ・・・大切だからこそ・・・オレたちの快楽を高めてくれるんだ・・・。オレがこのままユベルの胸を撃ち抜けば、真っ赤な鮮血が・・・ククッ・・・クククッ・・・」
「いやだぁぁぁああ!もう止めてぇー!!十代、ヨハンを、ヨハンを・・・止めてぇ〜〜〜!!」

恐怖に耐え切れずにユベルがオレに助けを求める。
ヨハンの怪奇なまでの狂気ぶりにはオレですら身の毛がよだつ。
拘束された目の前で、拳銃を見せ付けられ、殺される様を実の兄から言われるなど生き地獄にも程がある・・・。
ヨハンは泣き叫ぶユベルを見下し、狂気に満ちた顔で笑い続けている。
狂っている今のヨハンにはユベルの悲鳴は狂気を高めるだけかも知れない。
何とか距離だけでも、詰め寄れないものか・・・。

「まーてよ、十代、ククッ・・・。そんなに焦るなって。オレたちにとって、これ程の獲物は滅多にないんだ・・・。最高の獲物をじっくり楽しもう・・・ククッ・・・クククッ・・・」

歩み寄って距離を詰めようとするオレをヨハンが制する。
ヨハンはオレを制し、恐怖に怯え慄くユベルの頬を撫でながら話し続ける。

「ユベル・・・可愛いなぁ・・・。可愛いお前はどんな断末魔を叫ぶんだろう・・・クククッ・・・」
「ヨ・・・ハン・・・。止めて・・・お願い・・・」

小刻みに震えながら精一杯、ユベルがヨハンに懇願する。

「ひぃっ・・・ぃ・・・いやぁ〜〜〜!」

ヨハンは手に持っている拳銃のシリンダーを開き、ユベルに見せ付けた。

「ほら・・・見えるか、ユベル・・・。このシリンダーに詰められた銃弾がお前を貫いてくれるんだよ。この拳銃の引き金を引くと、お前は真っ赤な鮮血を噴き出し・・・全ての恐怖、苦痛から開放されるんだ・・・。そう・・・あの時のようにな・・・ククッ・・・クククッ・・・」

開放・・・!?恐怖、苦痛からの・・・?

「ヨハン!あの時って・・・、あの時って何だ?」

狂気に目覚めたヨハンが何度も口走った『恐怖と苦痛からの開放』。
何を意味するのかは分からない。
だがオレは、今、初めてヨハンの口から零れた『あの時の』という言葉を聞き逃しはしない。

「ヨハン、答えてくれ。あの時っていつだ。お前に何があったんだ?」
「あの時・・・噴き出した真っ赤な鮮血が・・・オレとユベルを苦しめていた恐怖と苦痛から開放してくれたんだ・・・。ずっと忘れていた・・・自分でも気付かなかった快感・・・」

ヨハンの目が・・・飛んでしまっている・・・。
焦点が定まっていない。
何かに心酔し切っている。

「でも・・・それを思い出させてくれたのが十代だった・・・」

オレが・・・!?

「あの日から・・・、いやここで十代に出会った時から、オレ、この日を夢見ていたんだ・・・」

あの日・・・、思い出させる・・・、何の事だ。
何を指しているんだ・・・。

「いやぁ・・・もう、いやぁ・・・。ヨハン・・・いつでもボクを守ってくれてたのに・・・。パパからも、守ってくれてたのに・・・」

パパから・・・も?

「お願い、お願いだから・・・あの時のお兄ちゃんに・・・戻ってぇ・・・」

精一杯、懇願するユベルにヨハンは変わらず言葉を続ける。

「ユベル・・・お兄ちゃんは変わってない・・・。お兄ちゃんは、いつでもユベルの味方だ。お前を苦しめる恐怖から救い出すには・・・全てから開放されるのが一番なんだよ」

ワケが分からない・・・。
この兄弟の過去に何があったんだ。

「十代!ヨハンを・・・ヨハンを止めてぇ〜!!」

ユベルの恐怖は限界だ・・・。

「ユベル・・・。そろそろ開放してあげるよ・・・」

仕方ないッ!

「ヨハン、動くな!少しでも動いたら・・・オレがお前を撃つ」

オレは銃を身構え、力でヨハンを制圧しようとした。
いつまでも時間を掛ければ、ユベルが恐怖から気を失うのは明らかだ。
狂気に走る今のヨハンは、その前に実行に移すに違いない。
ヨハンを狂気に導く原因が分からない。
だが、これ以上、説得を続けるとユベルが危ない。

「クッ・・・ククッ・・・クックックックックック・・・」

ッ!

「ようやく・・・、ようやく十代にも、分かってもらえたみたいだな・・・。待っていた・・・オレはこの時を待っていたんだ・・・」

何言ってるんだ・・・。
ブラフだとでも思っているのかヨハン!?

「ヨハン・・・オレは本気だ。お前がユベルに牙を向けるなら、オレはお前を撃ち抜く・・・」
「十代にオレは撃てない・・・」

何だとっ・・・!


・・・。


「今のオレたちは、あの時のオレたちじゃない・・・。オレたちは今・・・愛し合っているんだ・・・」

ヨハン・・・。
オレは・・・、オレはお前を・・・。

「いやぁ・・・いやぁ〜〜〜!!」

ヨハンとの思い出が頭の中を駆け巡った瞬間、ユベルがそれを引き裂くように悲鳴を上げた。
ヨハンは素早く銃を身構え、ユベルの胸に照準を合わせた。

「やめろ・・・、やめるんだヨハン!!」

止まらない・・・。
ヨハンの狂気を止められない・・・。

「よく見ていろ十代・・・。オレたちの本当の世界が今から始まるんだ・・・」

説得は失敗だ。
もう撃つしかない・・・。
オレのこの手で・・・ヨハンを葬るしか・・・狂気を止める術が見当たらない。

「ククッ・・・クックックック・・・ユベルぅ〜良い声上げてくれよぉ・・・」
「ひぃっ・・・ぃ・・・」







――――――バ・・・ッァァァァァ・・・ン!!!